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姉が行方不明になってから5ヶ月が経つ。
とはいえ実は俺は皆が思う程にはそんなに心配してなかったりする。
それは“あの”姉だからだとしか言いようがない。
*
「あんたさあ、恋したことあんの?」
来たな。
俺は姉に気付かれないようにコソッと溜息を吐いてから雑誌から顔を上げた。
「なに、藪から棒に」
「ないだろうね」
間髪いれずに姉は訳知り顔で宣った。腕組みまでして、俺の部屋の戸口で仁王立ちしている。ノックをしろとか勝手に入るなとか、そういう攻防は小学生の頃で終了した。何度言っても姉が俺の意見を聞き入れる事は無かったから諦めたのだ。だから姉はいつでも好きな時に俺の部屋を訪れ、好きなように振る舞う。
「決め付けないでくれる?」
「いや、ないに決まってるよ。だってあんた『藪から棒に』とか言っちゃうような男が、恋したことあるわけないって」
「無茶苦茶だ。因果関係が全くわからない」
インガカンケイ、と揶揄するように言って姉は鼻で笑った。
姉の言うことは馬鹿らしいが、ただ恋をしたことがあるかという事柄に絞って言えば確かに俺に経験は無かった。今時の高校生としては些か珍しいというのは自分でも分かっている。
「で、今度は一体何なわけ?」
仕方なく雑誌を閉じると、我が意を得たりとばかりにずかずかと室内に踏み込んで床に腰を下ろした姉はどうやら機嫌がいいらしい。恋の話だからな。新しい恋人でも出来たのを惚気たいのだろう。
「弟よ。私は恋をしている。それも、人生最大の」
「人生最大ですか」
「最大だね。それはもう、平成史に名を刻むほどの」
「名が刻まれますか」
「深々と刻まれるね。上から削っても消えないくらい」
「それはそれは」
「だから、結婚しようと思うんだ」
さすがにそれは予期してなかった。姉は下らない事ばかり言っているが冗談は言わない。いつでも超弩級の本気だ。
だから取り敢えず基本的な事から整理していこうと、俺は質問を選び出す。
「聖ちゃん、彼氏は一体いくつなの?」
「今すぐじゃなくて、お互い充分に成熟したら」
ああ、そういう事か。よくある話。付き合い始めて舞い上がってるカップルが将来を誓い合うのだ。その場の勢いで。
「言っとくけど、その場の勢いとかじゃないから」
「何も言ってませんけど」
顔見ればわかるとどうでもよさげに言って姉は髪を留めていたクリップを外した。乱暴に手でほぐすと、自分と同じシャンプーの香りが漂う。姉はそういった物には拘らなかった。化粧品も「別に何を使っても変わらない」と言ってその時目に付いたものを買っているようだったので、いつだったか一緒に買い物に行った時に「年頃の娘さんがそんなんでいいの」と言った覚えがある。それでも髪は艶やかで肌は白くきめ細かく、世の中の女性の涙ぐましい努力を思うと涙してしまいそうな(いや、しないけど)くらいには美容に無関心だった。
何故そんな事を考えたかといえば、その日学校で女の子達に囲まれたからだ。詰め寄られたと言った方が正確か。
都内の大学に通う姉が俺の学校へいきなり現れ、今日遅くなるからと俺が忘れた家の鍵を渡された。
すると姉の姿が消えるやいなやその場にいた人間がわっと群がってきたのだ。
男どもは「あれ誰だよ?!彼女?!」「なに?姉貴?似てねえな!紹介しろ!」等々。
女の子達は「すっごいきれい!モデルかと思った!」「化粧品何使ってるのかな?」という訳だ。
どちらにも「今度聞いておくよ」と返事をして解散願ったのだが、どうやら男友達にはお断りするしかなさそうだ。
「あのさ、恋って本当は一度しかできないのかもしれないね」
そう言う姉の表情はいつもと変わらない。
彼氏が出来たとか好きな人が出来たとか騒いでる姉は何度か見たが、いかにも楽しそうだった。今回は平成史に刻まれる人生最大の恋だというのに浮かれている風ではない。すっと落ち着いているように見えた。
「今までの彼氏に聞かせられないような事を言うね」
「いや、むしろ聞かせてやりたいよ。あんた達も今にわかるぞ、がんばれよって言ってあげたいっての」
「ありがた迷惑だなあ」
「有難いのか迷惑なのかどっちなのよ、それ」
「どっちもで、多分迷惑の比重がちょっと大きいんじゃないの」
「どっちも、ってのは気に入らないね。人生そう上手くはいかないってのに」
「何の話なんだよ」
「だから人生の話だって」
「恋の話はどこへ?」
「恋も。どっちもとか、何回もとか、本当は人生には無いんだよ。全部全部、ひとつっきりで、一度きり」
つまりさ、と姉は穏やかな声で言う。
「本物も偽物も無くて、唯一つって事」
恐ろしい事にその声には説得力があった。
姉が選挙に立候補して演説をしていたとしたら迷わず一票を投じていただろうし、教えを説く教祖だったら入信していただろう。胡散臭いにも関わらず「おお、そうか」と納得してしまうような力。
それはきっと経験によって知っているという力だ。
恋を知らない俺と一つの命に一つしかないというそれを知っている姉。彼我の差は大きい。
よりによって自分の姉に、更によりによって恋について納得させられた事が納得いかない俺は憮然とした顔を作って言ってやった。
「酷い惚気話だ」
「そうなの。私は恋をして、それであんたに惚気ずにはいられない程幸せなの」
いいでしょう、とからりと笑った姉は確かに幸せそうで、単純にいいなと思った。いいな、そんな顔ができるなら恋ってやつはさぞかしいいものなんだろうな。
「俺さあ、前の前の彼氏、高杉さんだっけ?あの人好きだったよ。それこそ平成史に残るほどのいい人だった」
「それ前の前の前。いい人だったね。でもなんで今高杉くんの話なのよ」
「あんなにいい人だった高杉さんよりも今の彼氏は素晴らしいのかと思って」
「彼だけが素晴らしいわけじゃないよ。何ていうか、好きだって思う気持ち自体が素晴らしいんだよね」
「どういうこと?」
「うーん。違うのは相手じゃなくて……上手く言えないなあ。ま、あんたも今にわかるよ、がんばれ」
「それ歴代の彼氏へのエールだろ」
「応用してみました」
澄まして答える姉はやはり幸せそうだった。
だからふた月も経たない内に別れたと聞いた時は心底驚いた。
「あんたさあ、失恋したことあんの?」
いつかのように戸口に立った姉が既に腕組みをして聞いてきた。そして俺が返事をするより早くあるわけないかと一人で解決する。
「恋もした事ないんだもんなあ。それって、どんなかんじ?」
「どんなかんじと言われても……」
「だよねえ。知らないことを知らないってどんなかんじと言われても答えられないよね」
「嫌がらせならやめてくんない?」
「やめない。弟よ」
「なに」
「わかれた」
「……今世紀最大の彼氏と?」
「それなんか違う。いや違わないか。確かに大きかっ」
「おいヤメロ」
「ベタだけど背だから。185くらいあった」
「そりゃでかいな。聖ちゃんと15センチ以上違うの?話す時首疲れそう」
「もう別れたけどね」
話すことももうないよと姉は怒ったように言った。あんなに幸せそうだったのに、と俺は思う。
別れた事よりも、別れたからって話もしなくなるのかという事を不思議に思った。
「だから、旅に出ようと思うんだ」
結婚しようと思うんだと言った時と同じ超弩級の本気の姉に俺は呆れた。
「傷心旅行ってこと?それはまたずいぶん……なんというか……」
「安易でも何でも、もうやることはそれぐらいしか残ってないんだから」
「なにそれ。人生終盤みたいな事言って」
「それだよ。人生の終盤。人生の黄昏」
「失恋したからって死ぬわけじゃあるまいし」
「死ぬわけじゃないけど、人生でたった一度でたった一つの恋が終わったんだから、もう私の残りの人生は余生だよ」
「余生?」
「そう。余り分を生きてく上で、やることは旅くらいしかないんだよね。おじいちゃんおばあちゃんがこぞって旅行に勤しむ気持ちが初めてわかったわ」
「まあいいよ。わかった。どこ行くの?」
「どこでも。とりあえず北欧行く。ムーミン谷見たい」
「海外? とりあえずって、他にも行くの?」
「有り金全部使って行けるとこ全部行く」
「いつ?」
「チケット取れたら明日にでも」
そう言って姉は本当に次の日旅に出た。
それ以来会っていない。
警察や現地の大使館の人によると、フィンランドとスゥエーデンを出入国した事は判っているのだが、それ以降の足取りが掴めないそうだ。暖かいところに行きたいと泊まっていたホテルのフロントで話していたそうで、南行きの飛行機や船を当たってくれたが姉の行方は知れなかった。
ただ、アジア人の若い女性に船を売ったという人が見つかった。酒場で意気投合して、ポーカーで勝負をしたらぼろ負けに負けて払う金が無かったため船で支払ったのだそうだ。その人に姉の写真を見せたが酔っててあまり覚えてないしアジア人は皆同じに見えると言って確認はできなかったらしい。
しかし俺は姉に違いないと思う。
姉は腹が立つほどカードが強かったし、資格マニアだった時(思えばあれも失恋がきっかけだった)に船舶免許も取得していた。だからきっと今も姉は旅をしている。そう思った。
*
「聖ちゃん元気かなあ」
隣で俺のアルバムを捲っていたユキがのんびりとした声を出した。
こいつは向かいの家に住む俺と同じ歳の男で、幼馴染らしい。らしいというのは俺にはその記憶が無いからだ。幼い頃向かいに住んでいて家庭の事情で母親とユキは海外へ引越し、その後また家庭の事情で戻って来たのだ。姉が旅に出た何日か後の事だ。ユキは姉のことも俺のことも覚えているという。
自分が忘れていた幼い頃の姉と俺との思い出話を聞かされるのは恥ずかしくもある一方、ユキがやけに柔らかい声で話すものだからオレは柄にも無く昔日を懐かしむ気持ちになったりした。
ユキといるといつもそうだ。
あたたかな何かに触れたような気分になる。
だからユキには姉が旅行中に失踪したとしか説明していなかった。
失恋の末にだとか手掛かりがないだとか、生々しい話をしてユキの心配を煽るのも本意ではないが、それ以上にユキの中の姉と現在の姉を繋いでおきたいと強く思ったからだ。それはそのまま俺の胸の底の底にある「もしかしたら」という不安の裏返しだという事はわかってる。
俺は姉がどこかで生きていてあの調子で旅を続けているのだと思っているが、時々わからなくなるのだ。そんな時、ユキの声が俺をいつもの楽観主義者に戻す。本当の事が何ひとつ分からなくても、その瞬間を俺は信じる。
「聖だからなあ」
「何それ。わかるけど」
「そうだろ。あいつは喜んでも悲しんでも怒っても、元気だ」
「そうだよね。弟とは正反対だ」
「俺の他に弟がいたとは知らなかった」
しょうもない切返しでとぼけた俺をユキが哀れむような目で見た。こういう時ユキは芸人の師匠かと思うほど厳しい。無かったことにするつもりで俺は言葉を続けた。
「聖が元気すぎるだけで、俺は普通だろ」
うーんとユキが首を捻る。
「普通っていうか」
「なんだよ」
「のっぺりしてる」
意味が分からないのでとりあえず引っ叩いておいた。痛いって、とユキが笑いながら抗議する。
「どう考えても今のは悪口だろうが」
「え、違うよ。まあ褒めてもいないけどさ」
今度の一撃は避けられてしまったので、空を切った手をそのまま飲み物のボトルに伸ばした。ユキがいそいそと自分のグラスを近付けたので注ぎ足してやる。自分のグラスにも注ぎ、テーブルに戻すついでに目の前の首筋にピタリと当ててやった。
「うわっ冷たい!……もう、子供じゃないんだからさあ」
「お前が言うか」
「のっぺりっていうのはさ」
「無視すんなよ」
「冷静だって言いたかったの。いつでも穏やかっていうか、感情の起伏が見えにくいっていうか、そういうかんじ」
ふむ、と俺は言われたことについて考える。幼い頃からあの直情型の姉と一緒にいたせいか、自分には確かにそういう所はあった。元々鈍い方だったという自覚もあるし、俺が怒ったり悲しんだりする前に姉がその十倍は怒ったり悲しんだりするので、自然と宥める役になった。自分の気持ちを明け透けに表現する事が苦手な可愛げのない子供だった俺は、姉のそれに随分助けられた。どうしたらいいのか分からない場面での役割を与えられたのだから。姉がそこまで考えていたわけはないが、思えばいつもそうだった。俺が自分では決められないような事はいつも姉が自然と導いてくれる。俺達は特別仲の良い姉弟ではなかったが、バランスの良い二人ではあった。
「そうだな、確かに俺にはそういう所がある。のっぺりは何か嫌だけど」
「だって、まゆげくらいだよ、動くの」
「眉毛」
「そう。まゆの上げ下げで、あ、今楽しいんだなとか、お、ちょっと怒ったぞ、とか。素人には見極めが難しい」
「そんなもの素人も玄人もないだろ」
ハイ、と手を挙げたユキが自分が玄人でござい、という顔をしたので噴き出した。
「じゃあ必要な時が来たらお前が解説員になってくれ」
「大船に乗ったつもりで任せてくれたまえ」
「そう言われるとなんか不安だなあ」
「大丈夫だよ。ほら、よくあるだろ、ドラマとかで恋人に『本当に私の事が好きなの?!』って詰め寄られるやつ。あんな時が来たら解説員大活躍だよ。そりゃあもう的確にタイムリーに解説するよ。任せて」
「お前が横にいるその状況って何なんだよ」
確かに、とユキは眉を下げて笑った。好きな人が出来たら教えてよ、とも言った。
「そしたらいつでも出動する準備しておくからさ」
「呼ばないよ。つーか、想像できない。恋人とか」
「なんで。好きな人いないの?」
俺はユキとそんな話をする事になると思っていなかったので、なんだか座りの悪い思いがした。調子が狂う。
「ノーコメントです」
政治家かよーと囃すユキはアルバムの中の一枚の写真に目を留めた。
「あ、これ。これオレだよ」
ユキの指差した写真には、幼い俺と聖、それから女の子のようにも見える同い年くらいの男の子が三人並んで写っていた。ああ、と声を上げる。
「この写真覚えてるよ。家の前で撮った。聖が泣いてて、なかなか撮れなくて……もしかして、お前の引越しの日だったのか?」
そうだと思う、とユキが懐かしそうに目を細めた。
「あん時さ、聖ちゃんが泣くからオレも泣きそうになってさ。で、お前見たらお前も眉毛こーんなんなってて」
こーんなん、と大袈裟に眉尻を指で引っ張ってユキが言うが、俺はよく覚えていなかった。ただ、聖が泣いていて、俺もすごく胸が痛かった事は覚えている。ユキの下げた眉にその時の気持ちが思い出される気がして、慌てて目を瞬いた。そんな俺を見たユキが頬を柔らかく緩める。
「オレ、聖ちゃん好きだったよ。美人で、優しくて、きっぷが良くてさ」
「それ本当に聖か?」
「そうだと思うよ。っていうか、セイちゃんセイちゃんて呼んでたけど本当は『きよら』なんだってな」
「ああ、俺も親も皆セイって呼んでたからなあ」
「セイよりきよらの方がしっくり来るよ。彼女きよらか、ってかんじがするだろ」
「いや、しない」
「それはお前が弟だからだって」
そう言って笑うユキは何だか幸せそうで、姉を思い出した。恋をしていると言った時の姉を。
「初恋だったとか?」
「どうだろうな。ガキだったからか、そういうのでもなかった気はするけど。だいたいオレ初恋ってよくわかんないんだよね」
「まあ初も何も、恋ってのは人生に一度きりだって聖は言ってたな」
「ああ、なんかわかる」
分かっちゃうのか、お前。
俺は意外に思ってユキの顔をまじまじと見た。
あの破天荒な姉とおっとりしたユキでは違いすぎて、意見が合うことなんて想像もつかなかったのだ。
なに、とまたユキは笑う。
「いや、意外なことを言うなと思って」
「そう? 好きだって人やものはたくさんあっても、恋って言われると思いつかなくてさ。だからきっとそれは特別なんだろうなって思ってたんだ。ずっと」
「過去形?」
「今は知ってるよ」
「経験によって?」
「ああ、まさに経験によって。恋は確かに特別で、そう呼べるものはおそらく人生で一度だけだろうね」
「じゃあ、その恋が終わったら……」
「人生も終わる。命じゃなくて、なんていうかな、華やかなりし時代が終わって穏やかな生が残されるんだ」
「余生だ」
「そうだね。あ、そういえば」
余生で思い出した、面白いの見つけたんだとスマートフォンを取り出し操作をしたユキは画面を俺に向けた。
海外のニュース番組のようだ。テロップが入っているので俺にも内容がわかる。アナウンサーが読み上げているのは海岸に打ち上げられた瓶詰めの手紙についてだった。発見者の現場インタビュー、次いでその瓶の画像が映される。
画像が粗くてよく見えないが、動物か何かが描かれた瓶のようだ。そして中に入っていた手紙の画像に切り替わる。
俺は息を呑んだ。
映し出された手紙は日本語で書かれていた。
『この島も、余生も、思ったより楽しい。人生は上々!』
アナウンサーはそれを英語に訳した後で、これがカリブ海沿岸の島々から流れ着いた可能性があること、そこには無人島も多く存在すること、海に流された時期などは調査中だということを伝えた。画面右上には瓶の画像。俺は目を凝らしてそれをよく見ようとした。するとユキが軽やかに言う。
「それ、ムーミンだよね? カリブ海の島にもムーミングッズって売ってるのかなあ」
ふ、と思わず息が洩れた。
聖ちゃん。
くくく、と笑い出した俺にユキがきょとんとする。その様子もおかしくて、俺はついに大声で笑い出す。
「どうせなら手紙にも名を刻めよー」
「え、名前? なに、何がツボったの?」
笑い続けて涙を流しながら俺はユキの手を握った。
息が整うのを待って、それから言う。
「あのさ、俺、お前のことが好きなんだ」
「えっ? なに? 何がどうなってそうなったの?」
「俺ももう知ってるんだ。人生にどっちもとか何度もとかは無いって。それに」
「それに?」
「唯一無二の恋が終わっても人生は上々らしいからさ。もう怖いもんないなって」
「ああ、そう…え、つまり?」
「お前が俺の唯一、一度だ」
あわわ、と口許をわななかせてユキは携帯を落とした。ゴツンと重い音が床で鳴る。
聖ちゃん、偽物も本物もないってあの時言ってたよな。
ひとつきりだって、一度きりだって、言ってたよな。
聖ちゃんの言うことは馬鹿みたいにきよらかだ。
そして馬鹿みたいに正しい。
だからきっとこれは恋で、きっと素晴らしい。
人生は上々。
そうだろ? 聖ちゃん。
俺は行ったこともないカリブの海を思い浮かべて、そこへ向かって呼びかけた。
握った手の力を強くする。
ユキが握り返して、幸せだと呟いた。 - (了)